感情の解放にもタイプがある

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最近はえっとメルマガでどうでもいいことを綴っておりますので

ブログは非常にどうでもよくない女神風テンションになっております。

 

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今日のセッションの覚書その2です。

 

 

セッションのタイプについて

 

 

セッションには大きく分けていくつかのタイプがあります。

 

 

 

・感情解放

 

 

感情解放を行っていく中で

オエオエげろげろ噴出するやつはこの間書いた、

「出産系」は代表的ですが

 

わたしが「感情解放」と呼んでいるものは

 

実際にセッションの中でイメージワークを通して
古い感情を手放していったりとか

 

 

話をしている間に涙がこみ上げてきて
泣き切ったところでひとつ昇華させるような

そんなところです。

 

 

 

後者はとくにわたしは何をするわけでもなく、

じっと

「泣かせる」「味わう」間を丁寧にとっていったりします。

 

 

 

 

最初の方なれないうちは

まだまだ一生懸命「知識」を伝えようとしたりとか

思考で理解を深めてもらうために畳み掛けるようなことも

多かったですし、何より一回きりのセッションが多かったので
今と事情が違います。

 

 

 

 

今でももちろん必要があれば説明は十分すぎるくらいしますが

最近では

「できる限り何もしない」セッションを心がけていますね。

 

 

「何もしない」という「空白」というか「無」は、

自動的に潜在意識とつながりやすく(わたしも、クライアントさんも)

なるし

必要なことを引き出すのに大事。

 

 

 

ここではいかに、セラピスト側も「じっと今にある」状態で
セッションに臨めるかは鍵です。

 

 

 

 

 

もちろんある程度自信というか、慣れもあるし

「間」を許す、「待つ」ちょっとした勇気は必要になってきますが

 

人が癒されていくプロセスにはどんなときも

その「スペース」は必要になってきます。

 

 

 

<感情の解放セッションで心がけていること>

 

感情を解放していくプロセスでは

とにかく「丁寧さ」と「優しさ」とか

「思いやり」を心がけています。

 

 

いつまでも

の記事が今日も何人からか反応がありましたが ( Re:いつまでも

どこまでも深く人が安心した場所にて、信頼できる場所にて

 

その解放が起こっていくことを

わたし自身経験上よくわかっているからだと思います。

 

 

 

 

 

<感情解放にも色々>

 

 

そして「感情解放」のセッションの中でも

出産系に加えて、

 

もっと淡々と静かに取り除いていく場合もあります。

 

こういう時はみなさん誤解されがちで、

「もっとドバドバ堰を切ったように感情が溢れ出ないと

ちゃんとできていないんじゃないか??」

と不安に思われる場合がありますが

必ずしもそうじゃありません。

 

 

 

 

出産にも

自然分娩があり、発狂する女がおり、

帝王切開で寝てたら出てくる場合あり、

会陰をちょきんとハサミで切られ激怒するものあり、(私)

無痛分娩があり水中でするりでてくる場合あり。

いろいろなわけで。

 

 

 

 

とにかく大事なことは、ゆっくりでも

「出る」こと。

 

 

 

感情に蓋がされている場合は、

まずその蓋をあけるところがもっとも難関であったりしますが、

蓋が壊れて隙間からじわじわ出る場合だってあるのだと
最近ははっきり認識できるようになってきました。

 

 

 

 

それに加えて

 

 

感情がしっかりと解放できているかの目安

 

 

 

として「現実」が変化していくことを確認します。

 

 

今までその出来事を思うと激しくざわついていたり
反応していた部分が

軽くなっていたり、反応がなくなったり変化していれば、

 

そこはしっかり感情の根っこが取れている証拠になるので

その部分に重きをおきながら丁寧に見ていきます。

 

 

 

というわけで「出る」様子にこだわる必要はありません。

 

 

 

今日は、「苦しまないと」ちゃんとできていないんじゃないか

という誤解が出てきましたので、

 

 

「苦しむ」というのはあくまでも

 

その古い感情が湧きあがったときに

怒りを感じたり悲しみを感じたりすることを指すのであって、

そのプロセス自体は思い切り楽しんじゃって大丈夫です

 

という説明をしました。

 

 

 

つまり、基本的に感情の解放というのは

「楽しくても」まったく問題ないということ。

 

 

わたしは「苦しむ」のが好きなので
「苦し」そうに見えるかと思いますが、

 

「苦しい」のが楽しいだけですね。

 

 

 

淡々とじわじわ取り除いていくのもよし、

 

思いっきり溢れて叫んで泣いて苦しむ

それ自体を、味わうことは

決して「苦しい」ことではないのです。

 

(もちろんその瞬間は苦しいこともあるが)

 

 

 

わたしがオエオエげろげろ祭りと称して

ワクワクしているのもそんなところが理由。

 

 

 

 

癒しが進む過程には、

様々な風景がそれぞれの目の前に広がって

とにもかくにも個人差があることを

覚えておいてください。

 

 

 

”そう、どんどん悲しむことをどんどん楽しんで、

どんどん怒って苦しいことをどんどん楽しむのです。

 

みなさん最高にハッピーで喜びに満ちたオエオエをね。”

 

 

 

 

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