「 」は、愛ですよ。⑥

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⑤つづき

 

 


 

 

姫ちゃんが死んでから、(ははのこと参照

いろんなことが変わった。

 

 

わたしは、母を幸せにするために動き始めた。

 

いままでは、受け取って受けとって

何も返せずにひとりで空回りしていたのを

 

一歩一歩、おもいを伝えることから

何かをすることから

 

大きな意識改革とともに変化に臨んだ。

 

 

 


 

 

 

なにかをスーパーでついでに買ってきた、ある日

 

いつものとおり母が「いくらだった?」とお金を差し出そうとするので

わたしは

 

「そういう我が家の習慣が、当たり前かと思っていたら

どうも他ではそうじゃないらしいよ」

 

と言うと、

 

母は何の気なしに

 

「そっか〜これは多分おばあちゃんがいつも同じように
そうしてくれてるからなんだろうね〜

考えたことなかったわ」

 

と言った。

 

 

 

母の実家では、

結婚しようがいくつになろうが、

 

 

お金は親が出すようになっていたらしい。

 

 

 

 

その家のルールは、よいことも

悪いことも

 

そのまま当然のように受け継がれてゆく。

 

 

 


 

 

 

お金に関する不安や、絶望や
根底に横たわっている根本の原因を

探っていくうちに、

 

 

いろんなことがわかってきた。

 

 

 

 

 

 

自分が、

 

一刻も早く自分で稼げるようにならなくては

 

と必死で苦しんだ頃

 

 

なぜそう思うのか?

 

を見つめていって、

 

わたしがたどり着いた先はひとつであった。

 

 

 

 

 

 

わたしは、ただ、

母を安心させたかったのだ。

 

 

 

立派な人と早く結婚しなければ、も

早く子供を産まなければ、も

 

早く自立して生計を立てられるようにならなければ

 

も、

 

 

どれもこれも

自分のためではなく

 

母に認めてもらいたい、というよりは

どちらかというと

 

母を安心させたい

 

 

という気持ちにつながっていた。

 

 

 

わたしは、ひとつ、

またひとつ、

 

と自分が思い込んでいたことに気づく度に

 

 

急ぐ必要はなかったのだ、

と深い部分で理解し

 

 

そして楽になっていった。

 

 

 

 


 

 

最初のほうに

 

わたしの金銭感覚は極端だと書いたのだが、

 

昔から根拠なしに信じていることのひとつに、

 

 

いつかどんな形かどんな方法かはわからないが

 

とにかく「自分は必ず、経済的に豊かに、自由になれる」

 

というものがある。

 

 

 

根拠がないのでなんとも言えないのだが(笑、

玉の輿にのるのか自分がビジネスで成功するのか

宝くじが当たるのかは知らないが

 

とにかく小さな頃から漠然とそう感じてきた。

 

 

 

 

それは時に非現実的に夢を見ているだけに留まるため、

執着があって現実とのギャップに苦しむことも多々あり

 

実際はあまりよろしいとは言えないが、

 

 

とにかくわたしはいつも
「経済的」含む自由を切望していて

 

 

「お金が欲しい」がピークに達したとき

 

 

それが弾けて

 

見えたものは、またも

 

 

 

 

 

「お母さんにいろんなものを買ってあげたい」

 

 

であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

庶民の母は、

買えないけれど

ポルシェがかっこいいと言っていた。

 

 

今譲り受けてのっている私の古い型のコペンは、

母の趣味だ。

 

 

 

 

わたしは、

 

「お金が欲しい」「お金が欲しい」「お金が欲しい」

 

と思い続けてきた先に、

 

 

 

たくさんのお金があったら

 

 

「お母さんにポルシェを買ってあげられるのに」

 

 

 

が出てきたとき、

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぼくはおかねもちになりたいです。おかねもちになったらおとうさんと

おかあさんにいっぱいいろんなものをかってあげたいです」

 

 

 

という小学生並の発想のなかで

衝撃とともに泣いた。

 

 

 

 

 

 

 

人間は、いくつになっても

実はとてもシンプルなのかもしれないと

 

 

その時思って、

 

 

 

そしてそれに気づいた瞬間に、

 

わたしは急いで「おかねもち」になる必要がなくなった。

 

 

 

わたしは単に、

母に幸せになってほしいと願っているだけなので

 

それは必ずしも物質的なものには限らない。

 

 

 

 

4月に猫が死に、母のことを見つめ

その都度気づきが起こる度に、

わたしは全てを洗い流すようにして、

 

涙は溢れ続けた。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

わたしは、何の気なしに受け取り

当たり前のようにお金を差し出してくれる、

気づいてくれる母から

 

「愛されていない」と思い込んできた。

 

 

大体誰にも共通することだが、

わたしたちが思う「愛の表現方法」と

相手が差し出す「愛の表現方法」が違うと、

 

途端にそれは「愛」として認識されない。

 

 

 

特に私の場合、「お金」=「愛」だと

はっきり結びつくまでに

 

途方もないくらい遠回りをした。

 

 

 

 

「お金」に対するブロックや恐怖や不安に

果敢に立ち向かっていったこの一年。

 

 

最後にそれを締めくくったのは、

 

 

いつも父が呑気に気づかずにいて
欲しいものがあっても中々言い出せないわたしに

 

必ず気づいて、見返りなく

ただ淡々とお金を差し出してくれた

 

小さな頃からずっとそうしてくれていた、

 

母の姿だった。

 

 

 

 

私と妹が生まれてから、

コツコツその口座にお祝いや全てのお金を貯めて

 

大人になってから受け取った時

 

それもまた、当然のことだと思っていた私は、

 

中には出産祝いや入学祝いを

そのときにかかる物入りの費用に充てる家族もあるのだと知ったとき

 

驚いたものだ。

 

 

 

 

 

 

自分が親になるタイミングで

「養育費」という「お金」と向き合うことからスタートし

 

それを手放し、勤めにでて稼ぐというやりかたではなく

 

「自分」というものにそのまま「価値」をつけて

生計を立てるという道。

 

 

 

自分の感情面とともに、

 

ずっと、今でも、

その部分と向き合っている。

 

 

 

 

たおの口座を開き、

 

当たり前のように両親がそうしてくれたのと全く同じように

 

わたしはたおに関して受け取ったお金をそこに入れた。

 

 

 

 

自分では、一円も貯金ができないし、
本当にあればあるだけ使うが、

 

 

たおのお金は、たおの、お金だ。

 

 

 

 

 

 

 


 

母が、どれほど私のことを愛してくれていたのか、

 

わたしは

自分が傷ついた出来事とともに

 

 

「お金」という存在を通して、

また、深く、知った。

 

 

 

 

いままでの全てを思い出し、

一コマ一コマ、

 

母が自分に費やしてくれた金額も

差し出し方も

 

何もかも

鮮やかに思い返されて

 

 

わたしは溢れる涙といっしょに

それをめいっぱい、

 

母の愛情を、

 

 

味わいつくした。

 

 

 

 

 

 


 

 

わたしの母は、

愛情表現の苦手な、

 

とても不器用なひとだった。

 

 

 

わたしは生まれてから、30年以上たっても

 

自分は母に愛されていないと、思い込んでいた。

 

 

 

 

 

 

母は、母のやりかたで、

 

わたしのことを

 

 

最高に愛していた。

 

 

 

 

 


 

 

わたしが、

 

養育費を、前妻にむけて、

たおの腹違いの姉2人には払うのに

たおには一円ももらえないことに決着がつき

 

それだけではなくボロボロに傷つけられたとき

 

 

 

 

わたしは、

「養育費」ではなく、

 

息子への、

彼からの「愛」を望んでいたのが

 

 

いまはよく見える。

 

 

 

 

 

 

「お金」は、

わたしにとって

 

「愛の象徴」だったことに気づいたのは、

 

 

もっとずっとあとになってからであった。

 

 

 

 

 

 

 

⑦へ、うひといきっっ

 

 

 

 

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