100パーセントで生きると

 

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自分と違うものに対してどう折り合いをつけていくか、

はそれぞれ誰に取っても大切なテーマであり続けることだろう。

 

相手をコントロールしようとする限り、決して相手が変わることはない。

 

前は、お互いの理解が生まれない部分に関してとても

不安に感じたり憤りが続いた部分が、

どんどん変わってきているのを最近立て続けに感じる。

 

「与える」にフォーカスして過ごし始めてしばらく経過した。

「コントロールを手放す」がどういうことなのか、

しっかりと体感し始め身体で理解し始めた。

 

自分のことに、とにかく集中して過ごしていたら、

前変わって欲しくてしかたがなかった周りが

気付いたら、変わった。

 

 

もう、

変わらなくても大丈夫♫、に

自分がなった途端にそれは起こる。

 

 

ほんとに不思議。

 

同じ出来事が起こっても、

それに激しく振り回されたり何とかしようと躍起になってた時期は

どれほどそこにエネルギーを注いでも

苦しくてしかたがない上に状況は悪くなる一方だったのに。

 

今、望まない状況が、一瞬現れたときに

どうやって自分の望む形にシフトするのかが

何となくわかってきた。

 

争う必要が、なくなった。気楽で、

安心していられて、平和である。

 

 

保育園とのやりとりを通して、

以前は市役所や保育園や会社や学校やポストオフィスや銀行や

とにかく社会に対していつでも自分が戦っていたことに気づく。

 

沢山の文句があって、批判があって、

なんでわかってくれないの?

の連続であった。

 

 

とくにわたしはしばらく日本を離れていたのもあって、

もっとも恐怖と怒りを抱いていたのは

日本の社会へ対してだったけど

 

 

小さな目の前の状況は

自分次第でどんな風にも変容するのだということを実際に

やってみて、そしてそれがほんとうなのだとわかってから

 

 

それは規模が違うだけで、

 

社会を変えることも

時間や労力をきちんとかければ

必ず変わるのだ、という信念のようなものにつながりはじめている。

 

 

すごい進歩。

 

自分、vs.  市政

なんて、最初から勝ち目などないと諦めて

じゃあ違う市とか国に引っ越せばいいと短絡な考えだった。

 

気に入らないところがあるから、別れて別の人と付き合えばいい、

と同じ。

 

 

でも全てのことは、とても大きな規模で

変容する可能性をいつでも孕んでいて

そして自分は無力ではなく

必ずどんな力も持っているのだと

信じられること。

 

 

こんな風に無理なく素直に思えるようになったのは、

わたしが

より強くなったから、

ではない。

 

 

わたしが、

戦いを放棄したから、

 

だから、そうなり始めているのだ。

 

 

 

 

そして毎日を全力で生きる。

今、目の前のことにただ全力を尽くすことで

自分を与え尽くすことで

 

自分をの幸福度がどんどん100パーセントに

近づいているのを感じる。

 

 

 

はー、

なんてこった!

 

 

間も無く週末、

みんなの抱えている文句や批判や不満全てが、

ひっくり返って

「与える喜び」に変わっていきますように。

 

have a brilliant weekend !

 

E,

 

 

 

 

 

 

 

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