不完全でいいし、完璧でもいい。

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例えば文句や批判、恨みとか怒り

そういうものにひとが惹きつけられる理由のひとつは

 

そこには確かに「突き動かす」エネルギーが存在しているからだ。

 

 

誰かを見返したいことを原動力に
何かを成し遂げていくことは

 

時に激しいモチベーションとなって

ひとを成功に導く。

 

 

 

つまり、誰かに馬鹿にされて悔しかったことをバネに

せっせと勉強したり、仕事に励んだりすることは

時に必要なことでもあるが

 

できればそこを通り道として

 

 

その向こうには

ネガティブなエネルギーをガソリンにしなくても

十分に上昇していけるだけの

そういう世界があると思ってほしい。

 

 

 

一見華やかだが少々怖くて何か闇が潜んでいるようなものに

ひとが惹きつけられるのは、

 

自分のなか「恐れ」が
磁石のようにじりじり寄っていっているだけなのである。

 

 

世の中が、そんな綺麗ごとばかりだとして
愛と感謝と祝福だけでできているとしたら

 

自分のドロドロした醜い部分は

いてもたってもいられない。

 

 

だから、ドロドロは、ドロドロを呼ぶし、

自分よりもっとドロドロして見えるものといると、

ひとはほっとする。

 

 

 

自分がその今いる苦しい世界から
足を洗いたいのならば、

 

 

ちょっぴりの勇気と決断が、必要になってくる。

 

 

 

苦しい自分でやりくりしてきた
長年連れ添った方法以外に
やりかたがわからないのは当然だろう。

 

そこに恐怖が生まれることも、

とても自然なこと。

 

 

 

 

「聖人なんてめざす必要ない」

という言葉は、ひとを安心させる。

 

それは、不完全な自分でいいのだと

教えてくれるからだ。

 

 

ドロドロのままで、自分には価値があるのだと
感じられるからだ。

 

 

あなたはもちろん、

ドロドロのままで、価値がある。

 

誰かを恨み続けていても、もちろん価値がある。

 

 

 

 

でも、私はそこであえて、
「聖人」を目指すことに、

とても尊い、意味があると思っている。

 

 

それは、完璧を目指して
今のドロドロの自分を否定することとは

似て非なるもの。

 

 

 

今のドロドロの自分を

100パーセント愛している状態のまま、

そのまま、

 

前に進む選択をしていくということだ。

変化を恐れずに、磨かれていくということだ。

 

 

 

 

 

以前も私は混同していて

 

「完璧なんて目指してはいけない」し、

「聖人ぶる」ことに激しく抵抗していたし、

 

目指す場所がなんとなく、美しすぎて

それを口にすることに躊躇があったと思う。

 

 

 

でも、今は少しづつ変わって、

 

「愛と感謝」だけで成り立っている世界は
本当に存在しているし、

自分はそこに向かっているのだとわかる。

 

 

別に今だって、怒りは出るし、
イライラするし、誰かにあたりちらすこともある。

 

 

 

でも、常に大切なことは、

そこに「留まらない」選択をしていくことだ。

 

そのネガティブなエネルギーを

きちんと昇華させて手放していくために

そのために感じるのだということを

忘れてはならない。

 

 

 

文句や批判、恨みとか怒りを

持っていても全く問題はないとは思うが

 

 

知ってほしいことは、

文句や批判、恨みや怒りを

 

完全に手放して無縁の場所で別のエネルギーを原動力に

生きていくことも可能であるということ。

 

 

 

それは、もちろん愛であったり

喜びであったり

純粋な創造性であったりいろいろだ。

 

 

 

あなたが傷付いてきた過去の勲章は

決して無駄になることはない。

 

 

傷は、そのまま優しさに姿を変えてゆく。

 

 

なんでも思い通りにいって幸せで

楽しいだけの世界など、

 

なんだかつまらなそうだと思った時期があった。

 

 

そして何度もプロセスを経て

自分がそちら側に進んでいった結果、

 

実際はそうではなかったということがわかる。

 

 

 

 

もう、怒らなくていい。

「怒り」を全て、しっかりと味わい尽くしたら

 

もう必要ないから

 

そんなに怒る必要はもう、ないから

 

 

 

怒らなくてもあなたは十分別の方法で

世界を幸せに導いていくことができる。

 

 

不完全だからこそ、人間らしいからこそ

愛されるのだ、

と自分に枠をつけていないだろうか?

 

 

 

聖人に、愛と感謝に向かうことはなんにも恥ずかしいことじゃない。

 

 

完璧になったって、

 

あなたは愛される。

 

 

 

 

 

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