Day 62  孤独感の正体

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傷つくならばそれは愛ではない (訳書)

If it hurts, It isn’t love p.68より

朗読・松永まい

↑”loneliness”の発音を何度も直された結果不自然になった発音についてはノーコメント

 

 

 

先日のセッションの最後に

 

「孤独感」が常につきまといますがどうしたら?

 

という質問を受けました。

 

 

「寂しさ」と「孤独感」は重なる部分もあるかと思いますが

別物ですね。正確に定義があるのかは知りませんが

個人的には独立して存在していると思います。

 

 

というわけで今回の英語録音は
わたしのお気に入りのページ
(ていうか自分にとってもタイムリーな課題)

 

「孤独感」についてです。

 

 

 

まずは別件ですが、

 

「わたし本当に目立つのが嫌いで・・・
もう誰かが自分のこと見てると思うとたまらなくなって

だからできるだけ地味に地味に過ごしてるんです

どうしていいかわからないくらい目立つのが嫌なんです

いつもこんなetc…….」

 

 

と繰り返し繰り返しアピールするひとは、

だいたい

 

 

誰よりもほんとは目立ちたい

自分は誰より素敵だってこと本当は知ってるのよ

 

 

って私には翻訳されて聞こえております。

 

 

 

まあいろいろな複雑な背景はあるにせよ、

自意識過剰は本当は逆を望んでいるパターンは非常に多い。

 

 

わたしが以前そうだったので

彼らの中で何が起こっているか
リアルにわかるわけです。

 

 

 

「孤独感」に関してはまた少し違うかもしれませんが、

 

たまらないほど「孤独感」に苛まれている場合も

少し似ていて、

 

深い部分で実は「孤独」を望んでいる

Tricky (ややこしいの意)な状態に気づいていない。

 

 

 

とりあえず「孤独感」があってもいいので

何が起こっているか知ることは助けになります。

ご参考までに。

 

 

 

 

孤独感というのは、じつは

 

「自分が特別である」

「ひととは違うんだ」

ということを証明したいだけです。

 

 

つまり、一般人:庶民と一緒に何かにワイワイしてしまうと、

自分がつまり、一般人であり庶民であることを認めてしまうことになる。

 

 

「自分は他の人とは少し違っていて」

「私は変わっている」

 

と思っている方は大勢います。

つまりはそもそも自分は変わっていると思っているその他大勢ってこと。

 

 

先日の祭りの記事書きましたが、

なんなら私が

「祭り嫌い」なのも

そういう心理が働いてる部分もあるでしょうね。

 

 

「孤高」でいたいわけです。

 

わたしは特別よ、って思いたい。

 

 

 

 

こうして考えると、

「孤独なんです」って苦しんでる人を見ながら

 

内心「うんうん、プライド高いのね」って思えてきます。

(私自身も含めてです安心してください)

 

 

ここをどうぶち破って

自分はその他大勢

なのだと認めることが、幸せの鍵でもあります。

 

 

この「わたしはその他大勢なのだ」は、

自分の価値を貶めることとは全く違います。

 

 

ここでの「その他大勢」は、

ある意味

 

「誰もがそれぞれ特別」である、

と他人を尊重したり受け入れることにもつながっていきます。

 

 

「孤独感」に痛みを伴う方は、

人を見下したり自分が優越感や劣等感に

繰り返し苛まれないかも確認してください。

 

 

 

 

「人は孤独」であることを

本当の意味で受け入れると、

 

 

「孤独感」があってもそれに「苦しみ」は伴わなくなります。

 

 

 

そこで苦しいのは、

自分自身が「特別」でありたいがために

 

人々と「自分」を間違った形で切り離す時だけです。

 

 

 

 

矛盾しているように聞こえますが、

「人は本来孤独」であり、それぞれが個々に存在しており、

その前提の上で

 

「人との繋がり」を感じることはもちろん可能です。

 

 

 

 

「孤独」を受け入れることは、

実際は
「寂しさ」や「孤独感からくる苦しみ」から

自分を解放してあげることでもあります。

 

 

 

 

そして

 

傷つくならばそれは愛ではない (訳書)にも
書いてあるのですが、

 

 

 

「寂しさ」とか「孤独感」というのはですね、

その胸がきゅうっと締め付けられる、

 

 

 

あの感覚・・・・

 

そう・・・

 

 

わたくしめも大好きな、

 

 

❤︎恋❤︎

 

 

 

に似てるわけですね。

 

 

 

 

 

 

 

だから実は、

そのちょっとヒリヒリするあの、あの感じを

実は自ら好んで味わいたいだけだったりします。

 

 

「特別さ」

は痛みを伴いますので、

 

 

 

それを進んで手放しすか、

それでも「わたしは人と違っていたい」にとどまるかは

 

 

あなたの自由。
そこを超えて次の段階に行くと、

 

そのままの本来の自分、「特別」で飾らなくてもいい

素のままのあなたで人を魅了することになります。

 

 

 

苦しいときは常に

自分のなかに矛盾が起きているときですね。

 

 

 

つまり、

特別あつかいされたい

一方で、

自分の中にある個性や本質的な才能への恐れ

 

を抱いている状態。

 

 

 

 

 

わたしもまだまだ完全にそこがクリアしているとは言いがたく、

エゴが介入した瞬間にものすごく苦しくなります。

 

 

 

 

 

わたしの場合は、

自分を超えた主(ハイヤーセルフ・魂)
がしっかり主導権を握っている状態のときは

 

自分の自我など無に等しい状態です。

記事を書くとき度々そういう時はあります

 

 

 

 

 

が時々まだ

 

「わたしーわたしいー」が出るときももちろんあって、

その瞬間に苦しいのですぐわかります。

 

 

 

 

「祭り大好きい❤︎」

 

 

という日がいつの日か来るとは

とてもじゃないが思えませんが、

 

 

 

完全に「特別になりたい」を突き抜けたとき、

 

また見える世界ががらり変わるのでしょう。

 

 

 

 

 

「孤独感」に苛まれる方は

ぜひぜひ

 

「自分は人と違うと思いたいだけ」なのか、

一回ふりかえってみてくださいね。

 

 

 

 

 

それではみなさま、

 

Have a lovely WEEKEND !!!!!

 

素敵な週末を。

 

 

(おれはやるぜ、今日が金曜日だということは

確認済みだぜ!)⇦こないだ週の半ばに何を思ったか素敵な週末をと書いたうっかり

 

 

 

 

 

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