「逃げる」から「逃げない」

 

KICX2730

内容とは全然関係ない10年近く前の写真。
 Kalita と兎印と Teemaの組み合わせ。コーヒーを飲まなくなった今は
ドリッパーは必要なくなったけど
好きなものは若いときからいまでもずっと、変わらない。


 

 

 

メールカウンセリングより

 

要は逃げたのです。
相手からも自分からも。

そして 安心や安定を与えてくれる環境を選びました。

 

 

 

ここからははわたしの中に新しく芽生えた概念です。

 

わたしは今まで、「逃げてはいけない」と思ってきました。

 

 

「逃げても解決しない」

「向き合うことこそが大切なのだ」と。

 

 

 

だから、思考で
それ以外の「安心」や「安定」を求めることは
逃げ以外の何物でもなく、

 

つまらない人生を築いていくことなのだと
どこかで感じていました。

 

 

だから、そういう「守り」に入る選択を否定してきましたし、
自分自身もいつも「責める」ばかりで

「逃げてはいけない」にとらわれてきた。

 

 

 

 

でも、違いました。

「感情を感じる」にこだわり続け、

そして「苦しみ抜いた」結果、

 

わたしは確かに擦り切れてしまったのです。

 

ペンドラムは振られて中心に戻るどころか、

糸はぷつりと、

 

切れてしまいました。

 

 

 

そこで私の中に新しく落とし込まれたもの、

それは、

「逃げずに向き合う」が全てではない

 

という、多くのひとにとっておそらく
当たり前の感覚。

 

 

わたしにとってそれは長らく

当たり前ではありませんでした。

 

 

 

 

 

「安心」も「安定」も、

「逃げずに向き合う」ことと同じくらい

大切なのです。

 

もしかしたらそれ以上かもしれません。

 

 

だから、ひとは

「安心」や「安定」に魅かれるのは

疑いようのない事実。

 

 

 

 

そこを決して、間違えないでください。

 

わたしのように、間違えないでください。
「逃げる」ことは時に

「自分を大切にする」ということです。

 

 

「逃げずにそこにとどまる」ことほど危険なことは

ない場合も多くあります。

 

 

逃げてはいけない理由?

 

思考で、「逃げる」ことから

「逃げている」かもしれません。

 

 

 

 

わたしはそして、

 

「逃げる」という新しい道を

今まで一本しかなかった

 

「逃げずに向き合う」道の横に

 

敷くことにしました。

 

 

 

 

 

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