Bohr again ①

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いつか名古屋市科学館で撮った、お気に入りの一枚。

 

 

 

 

 

 

2013年にニューヨークを引き上げた

その時以来、

 

 

英語のレッスンを受けることを、再開した。

 

 

 

 

セラピストが軌道にのる前、

わたしは細々と英語を教えることで、

 

英語を話す機会を設けていた。

 

 

小遣い稼ぎと、

口の中の筋力エクササイズのために

それなりに楽しい時間を過ごしていたが、

 

 

その後、セラピストとして収入が得られるようになり、

単価として1時間あたりの英会話のレッスン代と
セッション代が

あまりに差が開くようになってきたころ、

 

英会話講師は、辞めることにした。

 

 

 

 

その後、喋らないと

使わない筋力はどんどん衰えていき、

大好きな「発音」自体がかなり鈍ってきていたので、
将来英語でナレーションをしたい

という一つの楽しみから

遠ざからぬように

 

 

意を決して、

ニューヨーク時代からお世話になっていた
Tutor (家庭教師)に連絡をとった。

 

 

チャーリーだ。

 

 

 

わたしには、たびたびこのブログの
キーワードを相談する
「英語」の専門家の友人がいるのだが、

 

当時チャーリーもわたしもニューヨークに住んでいたころ、

 

彼女がブルックリンの自宅で、

英語のスタディグループを開催することになった。

 

 

そこで「英語」と「日本語」両方を扱える
ネイティブを交えた人間同士で
込み入った幅広い話題にどんどん斬り込んでゆこうと、

 

本当に一生に一度巡り会えるかどうかわからないほど
貴重な出会いと経験をすることになる。

 

 

 

「ことば」というのは、本当に多種多様であり、

おなじ母国語を話す人間同士でも、

 

「共通言語」とそうでない言葉を話すものがいる。

 

 

 

たとえば、「英語」を学ぶにあたり、

アメリカ人なら誰でもいいかといえば、

 

わたしにとっては決してそうではない。

 

 

「言葉」に対して徹底的なこだわりのあるチャーリーは、

「英語」を母国語とする人間のひとりには違いなかったが、

 

わたしにとってこれからもずっと彼から英語を学びたいと
思えるような、

 

そんな、尊い出会いであった。

 

 

 

日本語でも、

ひとつのことを言い表すのに100通りの言い方があるように、

 

 

英語にももちろん平たい表現から
詩的な言い回しから、都会的なフレーズから
古典的な熟語まで

 

 

一つのことを言うにあたり、派生にはきりがない。

 

そして、

そこにはセンスや嗜好の違いというものが、
かならず人によって生まれてくる。

 

 

 

チャーリーは、その点で、

わたしが言い表したいことを、
その表現の、色を、雰囲気を、

 

「英語で意味が通じる」以上の、
もっともっと奥を、

気がすむまで探すことを一緒に楽しんでくれるひとだった。

 

わたしの意図を、瞬時に汲み取り、
言葉を探し当ててくれる、ひとだった。

 

 

 

そして、その会を主催しチャーリーとめぐり合わせてくれたのが、

 

翻訳家であり通訳家でありわたしの憧れてやまない、

”頭の良さ”にずば抜けて秀でていながらも

素朴で純粋で、様々な趣味が私と同じな、

 

ともちゃんだ。

 

 

 

ジュネーブの国連でキャリアを積んだのち、
いま確か西海岸のグーグルだかツイッターだかの大きな会社で

 

「大人ゴッコ」をしながら英語力を磨き続けているともちゃんは、

 

であったころから、今も変わらず、
わたしの憧れの英語の先生だ。

 

 

本が好きで、言葉が好きで、少女のようにピュアで、

「好きなこと」に触れつづけることを決して諦めずに、
もがきながら、

どんどん羽ばたいていく様は、

 

わたしにいつでも本当のインスピレーションを

与え続けてくれた。

 

 

 

 

当時、彼女が住んでいた可愛いアパートで、

その3人の集まりは開催された。

 

ネイティブの英語と、

長年英語を専門に扱ってきた人間の英語は、
彼らの頭の回転の速さと話題の豊富さも手伝って、

 

わたしのレベルの英語からすると

 

毎回ついていくのに必死で、
非常にchallengingだった。

 

 

それでも、彼らは、私のことを優しく受け入れ
そしてずっと尊重しつづけて、くれた。

 

 

 

日本語には存在しない、
「ウィットに富んだ」という表現がまさにふさわしい、
全く固苦しくない低俗さと、一流の聡明さが
ユーモアに包まれてポンポン弾けだすような、

そんな会。

 

 

言葉を交わしたあと、
何とも言えない高揚感が

体の中を駆け巡る。

 

 

 

 

 

定期的にそのスタディグループが行われ、
それぞれの都合で、

時々ともちゃんと二人きりのときは、

 

1時間みっちり英語の勉強をしたあとに
お茶を飲みながら

それぞれの旦那さんのはなしをしたり、

 

ともちゃんがストーブの上で仕込んだ
玄米の手作りの甘酒を飲んだりする、

 

ぬくもりに満ちた冬の時間をそこで過ごした。

 

 

わたしはその集まりに、どんどん愛着を感じるようになり、

ある日名前をつけることに、した。

 

 

 

何にしようかな、とつらつらそこで
ことば遊びをはじめ、

 

彼女の自宅の住所、
107 Pulaski street の、

ナンバーからとりかかることに、

した。

 

 

107から、連想ゲームのように旅が始まり、

元素記号107 Bohrium ボーリウムというのを見つけた。

 

化学のことは知らないし、ボーリウムが何たるものかは
もちろん一切の知識はないわたしだったが、

 

 

そのまま響きもよいということで、

“Bohr” を採用した。

 

 

ともちゃんとチャーリーとわたしの、
ちいさなひみつの集まり、ボア。

 

 

 

我ながら、何と小気味良く
気の利いた名前をつけたとワクワクしていたが、

 

ふたりも、それを気に入ってくれてとても、嬉しかった。

 

 

 

 

 

 

数ヶ月にわたり、毎週コツコツ
積み重なっていったその時の経験は、

私の中にしっかりと生き続けている。

 

 

 

 

 

ともちゃんがニューヨークを引き上げて、
通訳を勉強するために大学院に戻ることになり、
チャーリーは京都での生活を目標に動いており、

 

 

 

わたしもまた、日本に帰ることになったタイミングで

Bohr は、解散した。

 

 

 

②へつづく

 

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