好きなしごとのしごとおさめ

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年明けたら髪きりにいこー・・・ぼさぼさ

 

 

今日は今年最後の個人セッション。

しごとおさめでした。

 

とはいいつつ、先日書いた

プライバシーのない生き方

 

どおり、

 

セッションをすること自体がわたしのしごと

というわけでもないので、
自分に立ち返る時間は
ただただ素知らぬ顔で わたしを

 

「今」に、
錨を下ろし続けます。

 

 

 

満月の前後は、これから生理休暇にしようと思った今回。

 

いつかフルタイムで普通の会社に勤めていたとき
毎日身体を酷使して、来る日も来る日もフライパンを
振り続けたとき

 

 

わたしは、

 

「自由」を追い求めていました。

 

「働きたくない日は、休みたい。」

 

小さなころから、
「好きなこと」には集中力を発揮しますが
「興味のないこと」にもう少し努力を注いでください

 

と、通知表に毎年必ず書かれてきたわたし。

 

私は、自分を
「自由」にする方法を、ずっと模索していました。

 

10個ある科目のうち、9興味がなかったら、
1だけやっていれば、それでいい。

 

そういう子供でしたし、
幸い両親は「勉強しろ」とは言いませんでしたね。

 

 

 

周りの人が、

「でもお金を稼がないと、生活しないと」
毎日嫌そうに普通に行くのを見て、

 

わたしはずっと理解ができませんでした。

 

それくらい、

 

「やりたくない仕事を会社に毎日行ってするくらいなら、

乞食になって道でずっと座っていたい。
服がボロボロでも、
寒くても、お腹がすいても、

全然そっちのほうが、マシ」

 

と大げさではなく、
心の底から思っていました。

 

 

それでもしくじり続けてきた私は、

 

「結婚」して「専業主婦」になれば
その「好きなことだけして生きる」が叶うんじゃないか、と
思い込んで、

「結婚」とか「養ってもらう」ということに
ものすごく囚われた時期を経て

失敗を繰り返し

 

 

いま、自分のペースで
好きなときに好きなだけ働いて、

あとはやりたいことをする

 

という道に、ついに足を踏み入れた感じがします。

 

 

「生理の前後は、休もう。」の、
叶う生き方。

 

 

 

一年を振り返ってみて、

1年前の自分は、まだセラピストになることすら
全く想像をしていなかった頃です。

 

実家に住みながら、毎日子育てをして
近所に散歩に行くだけの生活。

 

子供の父親から、
何とか養育費を払ってもらいたいと執着し、
何もかもが不安ベースでの選択。

 

自分が何を望んでいるのか、
「感じる」ことから目を背け続けていた時期です。

相手に本心を伝えるのを怯えていました。

 

自分がこれからどう生きていくかもわからずに

当時セラピストのセの字もなくて、
未来は、真っ暗闇でした。

 

自分のエネルギーを持て余すだけの生活。
何をしたらいいのか、右も左もわからなくて
戸惑うだけの毎日。

 

 

いまから考えてみると、

 

その頃の感覚が思い出せないほど、
異なる日々を送っていたのがたった1年前だと思うと、
じんせいっって本当にどのタイミングで
どうひっくり返るかわからないものです。

 

 

それが今年の後半に差し掛かるころから
ぐっと追い風にのって、

この数ヶ月の変化は
自分自身も追いつくのに精一杯なほどの
驚くべき躍進!

ついに、

 

「自分の人生」が始まった

 

革命的な2015年になりました。

 

 

 

 

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徳川園。ランチなかなか良かったですな❤︎また行こう

 

 

 

 

Screen Shot 2015-12-29 at 16.10.00

徳川園・名古屋の小さい庭園で散歩にちょうどよいのです

 

 

 

 

 

 

松永まいについてこんな光栄なコメントいただきました

 

彼女の魅力は、表と裏どころではなく、

1ミリたりとも内なる自分の声をごまかず、
1ミリたりとも内なる自分の声を置いてきぼりにせず、

一歩進んでは二歩戻って地面を見つめ直し、

時にはそこにある土を掘り起こして、
その中に在るものが何かを一つ一つ確かめる。

気が済むまでそうした後に、
また顔をあげて前を見つめ、
足を進めていくことを決してあきらめない。

そのストイックすぎるほどの自分に対する愛を、
等身大で体現しているその姿から、

私はもう、目をそらすことはできませんでした。

 

 


 

 

わたしはここずっと
まだ自分のなかに残っている不安やモヤモヤを
味わい尽くしている時なので、
そういうときは
自分の周りから誰も人がいなくなってしまうのではないか
という極度の妄想にとりつかれてしまうことがあります。

 

 

 

 

 

とにかく、自分という人間を
これからもどんどん恐れることなく
しくじりも含めて世界へ曝けだしていけたらいいなと思う、

そんな温かい冬の1日でした。

 

 

 

 

 

 

 

 

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