迷えるマミーたち②

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そもそも、「料理」は自分にとって何なのか。

 

これはもう、20台前半のころに摂食障害(過食嘔吐)だった頃から、

 

「料理」、さらに「食べる」ということが、

いったい自分にとって何を意味するのかを、それこそもう文字通り反吐が出るほどハードコアに掘り下げました。

 

「食べる」こと。

 

そして、その「答え」を探るために、わたしは「料理」を生業にしたようなものです。
この地球上で、「食」に関するありとあらゆる価値観が最も集まっている場所、「ニューヨーク」がその核の部分に近づくヒントをくれました。最初に渡米したのも、「ニューヨーク」だったことも、ものすごくたまたまでしたが、いま思い返せば、それはその場所でしか起こりえぬことだったかもしれません。

 

そして最終的に、自分のなかで「感覚的」な答えが見つかった頃、すでにわたしは「料理」を仕事にする必要はなくなっていました。

 

「料理」自体は、覚えている限り高校時代から毎日のようにお菓子を焼いて学校に持っていくような青春(?)だったので、好きか嫌いかと言われれば確かに好きかもしれない。
ただ、じゃあそれを仕事としてやりたいか?と問われたら、そもそも最初から答えはnoでしたから、ニューヨークでの数年はまさに(葛藤)を抱えながらのチャレンジだったように思います。

 

 

「料理」と「食べること」はまったく別物です。

それを、まず漠然と混同しているマミーたちは多いのではと思います。

 

・毎日家族に食べさせないといけない→料理をしなくてはいけない→めんどくさい→ストレスを感じる→でも毎日家族に食べさせないといけない

→以下永遠にこのループは続く。
さあでは、このループから抜け出すにはどうしたらいいのでしょう?

 

人々からの声を聞いたときに、わたしがまず、

知る必要があると感じたことはこれでした。

そしてこの質問について、なぜ答えを導き出すことがここまで困難だったかというと、わたしにとって、

 

「〜なければならない。」という感覚はおろか、面倒くさいという感覚、メニューを何にしようかと迷い悩むということが
今まで皆無だったからです。

わたしにとって「料理」は、「食べる」喜びを創作するもので、「しなければ」いけないことではありませんでしたし、もっと言えば「食べる」ことは呼吸をするくらい自分にとって当たり前に「生きる」そのものでもあったので、そこに迷いというものがなかったのです。

 

 

そうやって書くと、(実際にそう話すと)

「まいさんはそりゃあ元々料理が好きなんだろうし、それどころかプロとしてやっていたんだから、当然だよ・・・」

「そう言われたって面倒くさいもんは面倒なんだから、簡単にできるコツとか教えてよ」

「子供のおやつまで手作りなんて、毎日マメでえらいなあ、わたしにはできない」

などなどとか思われるかもしれません。

でも、そう言われれば言われるほど、自分の中に「?」が増え続けているのを感じました。

確かにニューヨークで暮らしていた時期は、本当にいろんなジャンルや国の料理を身近に食べることもできたし、お店で作っていたメニューのレシピのストックが記憶にのこっているのもあります。

それを参考にして作ることもあるけれど、でもわたしは料理学校を出ているわけでもなければ、正式な栄養などの知識があるわけではありません。完全にそのときどきの自分の感覚で作っているので、おそらくこれは、仕事で料理をしていたかそうでないかの問題ではないとおもうのですね。

 

 

そして、簡単にできるコツですが、

ーそもそも、なにをどうすれば、難しいと感じるのかが全くわからない。

なので、どのプロセスも「簡単」というか、手の込んだ料理など一切しない自分にとって、「コツ」という概念がなく、自然にやっているため、「なに」を教えていいのかわからない

という結論に至りました。

 

 

そして、ここが大事なのですが、

「迷わない」

というのが、

たとえば夕飯なににしよう、と考えて瞬時に5品思い浮かぶ、

という意味の「迷わない」ではないんです。

 

 

今日は疲れた、作りたくないな。さ、セイユーに買いに。

というのが瞬時に出ます。そこに、「迷い」がないのです。

 

 

世の中のマミーたちに、まずひとつ声を大にして言いたいことは、

「作りたくないなら、作らなくていいです」

ということなんです。

 

 

 

「料理がしたくて、楽しい」なら、やったらいいと、わたしは本気でそう思うんですね。

だから、わたしは自分が疲れているときややりたくないときは、普通に作りませんし、スーパーの惣菜だろうがファーストフードだろうが、ファミレスだろうが利用します。

わたしが、元々菜食の料理人だとかいうと、さぞかしファンシーなサラダとか毎日食ってんじゃないかと勘違いされますが、「いま」は違います。(そういう時期もありました。)

そして、必ず自分の欲求に従いながら「食べる」「料理」と向き合うので、そういう意味で「迷い」がないのです。

 

③に続く

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